第1項 ギャンブル思想と差別なき社会

昨日の話の続きを話そうと思う。帰宅部の人間はパチンコやパチスロの好きな人がたくさんいる。自分もギャンブルは嫌いではないし、やろうとは思わない。自分はギャンブルによってお金を損するなら、自分の趣味に生かしたい。ギャンブルなんて所詮運だと思う。競馬なんていい例だ。過去のレースや調子を見てもはずれることなんてしばしばある。パチンコやパチスロも確実性がない。ギャンブルは掛け捨て型で万が一のときにサポートも何もない保険だ。そんな保険に入って、まかせっきりになってしまえば人生終わってしまうぜ。いわゆる負け組。負け組にならないように何回もパチンコ・パチスロをやって、学び、慣れる。そのためにはお金が必要だ。おそらくギャンブルをする人がお金に関する執着心が強いのもそのせいだと自分は思う。
帰宅部の人間もお金への執着心の強い人が多い。それが表面化しているのが大学祭の企画である。大学祭の企画の最終目的がお金になっているように思えて仕方ない。もちろん模擬店をやるなら少しは収益を得ないといけないし、安くやりすぎると独占禁止法チックなことになってしまう。大学祭だからそんなことはないと思うけど…。帰宅部も模擬店はやる。しかし今は模擬店以外の展示や発表の一般企画について話し合いたい。うちのサークルはカジノになったけど、あまりにも本格的、そして豪華的にやりたいと考えている。そして多額の利益を得ようとしている。一般企画は基本的に展示だし、収益性を考えてはならない企画だ。さらに自分の大学は福祉系の大学だ。社会的弱者、具体的にはすこしのお金しかもっていない子どもたちや大学の雰囲気を知りたいうちの大学を志望している高校生もくるわけだ。この人たちのことも考えるべきだ。ニュースで例えるなら普通のNHKのニュースではなく、NHKでやっている週刊こどもニュースみたいに、わかりやすく、理解しやすく、楽しめるようにすべきである。うちの大学では昨年某サークルが野球場でやっていたようなことをカジノ風にしてあげて、来てくれる人が不自由なく遊べる場にしたりする工夫が必要である。そのためには本格派でもいいんだけど、高齢者でも障害者でも子どもでも楽しく理解しやすい場にしたい。だからお金をかけて本格的なスケールで楽しむonlyの現段階のカジノではなく、少し薄くてもいいから学べて楽しむカジノにしたい。これが俺の1つ目の考え、差別なきサービスと言う考えだ。
2つ目はお金の話をしたいけど、今日はここでやめます。次回は明後日月曜日に書きます。明日は児童養護施設へのフィールドワークのため、こっちのことを書きたいので、月曜日に書きます。次回はお金と帰宅部について、そして火曜日はまとめ(魂と人間)を書こうと思う。